極楽は別の場所にあるのではない。自分の心の中にこそ、天地が静まりかえっている。
極楽はよそにはあらじ我心 うちこそ天地しずまりにけれ
出典:一休宗純の歌
反骨の禅僧・一休宗純が悟りと心の関係を語った言葉だ。極楽(悟りの境地)は死後に行く場所でも、遠い修行の果てに辿り着く場所でもない。今この心の中にすでにある——それを発見することが禅の修行の目的だ。外を探し続けることを止めて、内を見た時、すでにそこにあるものに気づく逆説がここにある。
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一休宗純の他の名言
門松(正月の飾り)は、冥土への旅の一里塚のようなものだ。めでたくもあり、めでたくもない。
この世に生を受けた者は、みな旅人のようなものだ。
迷いの道から悟りの道へ帰る、一休み。雨が降れば降れ、風が吹けば吹け。
正月が来るたびに、それは冥土への旅の一里塚が一つ進んだということだ。めでたくもあり、めでたくもない。
迷いの世界から悟りの世界へ帰る途中の一休み。雨が降るなら降れ、風が吹くなら吹け。
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