純粋経験とは、経験するままにそのまま知ること——自分の解釈を少しも加えない、経験そのものの状態のことだ。
純粋経験とは、経験するそのままに知るということ、少しも自己の細工を加えない、真に経験そのままの状態をいうのである。
出典:西田幾多郎「善の研究」
日本初の独創的哲学書「善の研究」の核心概念だ。私たちは経験する前に既に概念・言語・先入観というフィルターを持っている。「純粋経験」とは、それらのフィルターが介入する前の、生の体験そのものだ。この概念は西洋哲学と東洋の禅思想を融合した日本独自の哲学の出発点となった。
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西田幾多郎の他の名言
人生の意義は何かを問うよりも、何かのために一心に働くことだ。
真に生きるためには、自己を捨てて物と一体になることが必要だ。
善の研究こそが人生最大の問題だ。善とは何か、それを問い続けることが哲学の使命だ。
純粋経験においては、知ることと感じることと意志することが一つだ。
自己の底に深く入れば入るほど、他者の底に触れる。
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